BANJO入道's PLAYGROUND

バンジョーと山をこよなく愛する遊蕩おやじの絵日記。ボーダーコリー犬「バロン&シャルロット」との日常などなど・・・。うたかたの日々を綴る。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

丹沢湖マラソン

初めてのマラソン大会はとても楽しかった。29日の日曜日、「第31回丹沢湖マラソン」に出場しました。

IMG_0509.jpg


まさか、マラソン大会に出場するなんて夢にも思わなかった。
そもそも、沢登りに行った時に最後の詰めで若者たちに、いや、同年輩にさえ遅れを取り、置いてけぼりにされたのがすごく悔しくて、体力を付けるために始めたランニングである。最初はマラソン大会に出ようなんてまったく思わなかったが、どうもハマりやすい性格の所為なのか、丹沢湖マラソンに応募してみた。目標ができたら今度はランニング自体も楽しくなり、どんどんエスカレートして行く自分がそこにいた。

いっぱしのランナーには見えませんな、どうみても。
IMG_0499.jpg


今回初めての大会でランナーな人たちの中に混ざってみて感じたことは、「ああ、オイラはなにをやっても中途半端で、冷やかし根性が抜けないな」てなもんでした。

緊張感はゼロ。記録もビリから数えた方が早いしね。

でも、走り終わったあとに振る舞いの猪汁で温まり、缶ビールをプシュッ。地場産の野菜を買ったり、模擬店で買い食いしたり、本当に楽しかったです。

ご褒美はこれ、LEROYのボジョレーヴィラージュヌーボー。
IMG_0508.jpg


というわけで、今度は3月の「三浦国際市民マラソン」じゃ。
スポンサーサイト
  1. 2009/11/30(月) 19:05:56|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:6

K君のこと


kanrinmaru.jpg


10年ぶりくらいの対面であった。棺の中で穏やかに眠る友は、僕と同い年とは思えないくらいの老け顔であった。
がんばったんだよな。彼は天寿を全うしたのだ、と思う。

彼とH君とで学生の頃にブルーグラスのバンドを組み、都内のライブハウスやあちこちの野外フェスティバルで演奏した。それはそれは、熱い日々だった。かなり無茶なこともした。そして、楽しかった。

そんな長髪に口髭、まるでヒッピーのようだった彼も社会人となり、それもお固い警察官、やがて結婚した。

二人目のお嬢さんが奥様のお腹にいる頃に、体調の変化に気付き、精密検査をしたところ、重篤な事態であることが判明し、すぐに手術となった。

それ以来彼は若い頃の毒気がすっかり抜けて穏やかな人となった。家族を愛する彼は、外との付き合いも程々に家庭を守った。

10年位前に、また演奏できるくらいに回復し、夕陽の滝のフェスティバルにお嬢様と一緒に出演したりもした。
それを見て、僕は、ああ、元気になったんだ。と喜んだ。また一緒に演奏できるのだな、と思った。
しかしそれは束の間のことであった。

年賀状は堅く毎年頂いていたので、そこそこ元気でやってるのだと、安心しきっていた。まさか、寝たきりの人になっていたなんて。
迂闊だった。なんて僕は馬鹿なんだろう。なんで、もっと気にかけてあげられなかったのだろう。

再びマンドリンを持って歌い始めてからしばらくして、日々の生活に不自由するような異変が起きはじめた。車の免許も返上し、退職して自宅で治療に専念した。しかしやがて、手足の自由が奪われ、言葉を失い、恍惚の人となった。

もうK君と一緒に演奏することはできない。彼のハイロンサムボイスをもう二度と聴けないのだ。

彼のよく歌った「Prisoner's Song」の歌詞を掲げよう。




Prisoner's Song


Oh I wish I had someone to love me
Someone to call me their own
I wish I had someone to live with
I’m tired of living alone.

So meet me tonight love oh meet me
Meet me out in the moonlight alone
For I have a sad story to tell you
Must be told in the moonlight alone.

I have a great ship on the ocean
All mounted in silver and gold
And before my little darling would suffer
That ship would be anchored and sold

I’ll be carried to the new jail tomorrow
Leaving my poor sweetheart alone
With these cold prison bars all around me
And my head on a pillow of stone

If I had the wings of an angel
Over these prison walls I would fly
I would fly to the arms of my darlin
And there I’d be willing to die

身動きの取れなくなった彼は、うつろな中にこの歌を口ずさんだのだろうか?
きっと歌の主人公のように羽根が生えて飛んで行きたい、と願っていたことだろう。
でも今、君は自由にどこへでも行くことができるようになった、のだよね。

合掌








  1. 2009/07/10(金) 20:31:29|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

【音楽】If I Had A Hammer(追記あり)





驚きました。PPMってこんなに激しかったんだ!!

モダンフォーク・・・。
僕は高校生の頃、すでにバンジョーを弾いていて、かなりコアなブルーグラスという音楽にのめり込んでいたので、モダンフォークは体験していないのです。
もちろん、PPMもブラザースフォアやキングストントリオも知っていたけど、僕にとってのアイドルは、アール・スクラッグスやドン・レノといったブルーグラスのバンジョー弾きだったのです。
今でこそブルーグラスの世界でも女子が大活躍ですが、当時はブルーグラスは硬派な男だけの音楽と思われていたのです。僕も「ブルーグラスは女子供になんかわかるもんか。」とマジで思っていましたから。

そんな訳でピーター、ポール&マリーは中でも一番ナンパな香りのするグループだったのです。

当時、同輩の多くもモダンフォークを指向していたので、PPMスタイルのグループもたくさんありました。
実は・・・、女子と仲良くできる彼らが少しうらやましかったけのだど、たいがいは「マリー」の奪い合いでバンドが長続きしないことも知っていたので自分ではやろうとは思いませんでした。

先日行われた亡くなった高校時代の級友の追悼会でマリー役だった女子と再会し、彼女の持っていた文化祭のテープを聴いてPPMを思い出した次第です。

YOUTUBEでめっけた「If I Had A Hammer」の髪振り乱して熱唱するマリーの激しさはどうだろう。60年代という時代の空気が感じられる映像だと思う。かっこいいじゃん。

もし今、ハンマーを持っていたら、、、そうだ、バロン、犬小屋の修理でもしようか。きみがあっちこっち壊しちゃったからね。


PB150060.jpg

"If I Had A Hammer"

PB150064.jpg

雨漏りするんだよな、ここ。

追記、
PPMのウェブページでマリーの健康状態が芳しくないことを知った。この秋のツアーを肺の感染症のため延期したそうだ。いつまでも現役でがんばって欲しいと思う。

ハンマーがあったら、、マリーの病気をやっつける!。

  1. 2008/11/15(土) 10:37:37|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

級友の追悼会

8日土曜は、10月に亡くなった高校時代のクラスメートの追悼会だった。
江の電に乗って海沿いのその高校に通っていたのはもう37、8年も前のことだ。

彼は認定難病を患い、闘病の甲斐もなくあっけなく逝ってしまった。
野球部の4番でエース、1年の時からレギュラー。クラスで一番タフな男が真っ先に逝ってしまうなんて皮肉なもんだ。

スポーツ万能でも歌の方はからっきしかと思っていたら、文化祭のステージで素晴らしいのどを披露した。あいつの歌ったクリフリチャードの『幸せの朝』を聴くとあの頃のことが思い出される。

当然、女子にモテたことは言うまでもない。



午後から所縁の人たちが集まり、延々と夜の更けるまで飲み続けた。久しぶりで会う友だちとの時間、こんなに楽しくっていいのかい?というくらい楽しかった。不謹慎だよね。でも、これでいいのだ。やつは賑やかなことが大好きだったんだ。あいつがこんなに楽しい会にしてくれたのさ。

合掌

PB080040.jpg
  1. 2008/11/10(月) 18:58:30|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

またかよ・・・・

ブルーグラスの先輩であるササキジンさんのブログで横川君の訃報を知った。

そんなに深い付き合いでもないし、顔を見知っている程度なのだけど、同じ歳ということで同じ時期に同じようなことをやっていたのだろう、よくあちこちで顔を合わせた。

二十歳くらいのときに箱根フェスの前身の軽井沢フェスでの深夜、馬鹿っぱなしで盛り上がった記憶がある。お互い大学生、これからブルーグラスをがんがんやるぞ!!という、一種の気概のようなものを持っていた。

彼は体育会系のがっちりした男で、マンドリンのカットの音がやけに大きかったような気がする。てらいのないモンロースタイルだった。

そして、何年か後、丹沢湖畔の世附川ロッジで僕らが開催したフェスに、お仲間のバンジョー弾きの方と参加された。その時は大病されたあととかで昔の面影は薄かったが、あの大きな目ですぐに彼だとわかった。僕と故柳沢さんと急ごしらえのバンドでステージに立った。その後すっかり元気になられて活躍されているものと思っていたので、とても残念です。

同い年というのは、、はい、キツイですね。
  1. 2008/10/01(水) 18:24:29|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

プロフィール

BANJO入道

Author:BANJO入道
いらっしゃいませ!
湘南の偏屈人、BANJO入道のブログにようこそ。
お気軽にコメントくださいな。
♪♪ Listen!!! 入道のバンジョープレイ♪♪↓
Happy Mountain Trail



Use OpenOffice.org

ペットショップ、ネットオークション、およびWeb(法人・個人共)での犬の生体展示販売・販売用生体写真掲載に反対

FC2カウンター

最近の記事

最近のコメント

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

Twitter

つぶやいてます。なう!!


follow BanjoHoppie at http://twitter.com

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。